【冥土のみやげ王国】理想像:進化の段階

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ここは本能を目覚めさせ、自分の能力を発揮してイキイキ生きるためのサイトです。

進化の段階

「自己観察」についての助言

  (ひとつのアプローチであり、これがすべてではありません。)

本来は、誰もがみな「完璧なる人間」のはずなのに、現実はそうではありません。
何が自分の完璧さを邪魔しているのでしょうか?

それは
常識や価値観、エゴなどが、本来の魂の輝きを曇らせると言われています。

人間にとって、「エゴ」はあって当たり前。
エゴは、「肉体を持つ生物」としての自分を守ってくれるものです。

しかし、行き過ぎの弊害もあるのです。
本来の自由で完璧な人間に戻るためには、まずはエゴを「認識」することが第一歩です。

エゴを自覚するだけで、それは弱点ではなくなります。
しかし自覚しない限り、魂を曇らせ、本来の自分の輝きを阻害するのです。

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★以下に述べることは、天動説の時代に地動説を唱えるようなもので、常識とあべこべです。
 スピリチュアルな学びをしていらっしゃる方にとっては、皆さんよくご存知のことばかりと思いますが
 一般的な社会常識をわきまえていらっしゃる方には非常に不愉快で、カチンとくること満載と思われます。

 筆者としても、これがすんなり受け入れられるとは、ぜんぜん思っていません。
 「これが正しい!」と主張するつもりもありませんし、ケンカを売る気もありません。
 ですので「こんな文章にはつき合えん!」と感じられたらすぐ、よそのサイトへ移動してください。

■自分の感情を観察する。

人は感情の生き物です。何かに反応して生きている。

たいてい人間は、好嫌の感情や損得勘定で行動してしまいます。
買い物も、人間関係も、職業選択も…

そして、何かが起こると「カッ!」となってしまったり、逆に「シュン」としてしまったり。
つまり「条件反射」で生きている状態です。感情に振り回されています。

自分の苦手なものをあらかじめ自覚しておくと、条件反射で生きることが減って
後で後悔することも減ってくるでしょう。

あなたのキライな人は、どんな人ですか?

偉そうな人。すぐ怒る人。だらしない人。すぐ泣く人。わがままな人。気の利かない人。
貧乏人。商売人。サラリーマン。子供。。。。。

「こんな人間ではいけない」という価値観で、自分を縛っている人は多いです。

イヤなことに出会ったら、表面上は「善人ぶる」のも構いませんが、
気持ちを無視せず、むき出しの「自分の本音」をわかってあげてください。
まずは「自分の理解者」になることです。

感情を表現する必要は、ありません。
ただ「自分の気持ちを自分でわかっている」だけでいいのです。
「自分に嘘をつかない」ということです。

本当は傷ついているのに、「私は怒っていない」「感謝しなくちゃ」とごまかすことは
自分に嘘をついているのと同じです。
すると、だんだん本当の自分がわからなくなってきて、鬱になる傾向があるようです。
(自分の気持ちを分かった上で「感謝する」等を選択するのは問題ないです。)


感情表現は、うまく表現しなければ人間関係のトラブルになることも多いです。
いろんなことに慣れてうまく表現できるようになるまでは
ネガティブなものは表現しないほうが無難です。

とりあえず、自分をわかってあげて、どこかでストレス発散する。これだけでいいのです。




■行動パターンを意識する。

「条件反射で生きる」ことから抜け出すと、「意識的に生きる」ようになってきます。
感情に振り回されて生きるのではなく、意識的に、行動を選んでゆく。

あなたはどんな行動パターンを持っているでしょうか?

いろいろな行動の「癖」が誰にでもあります。
もし、自分の生き方に納得がいっていないのなら、「次はこうしてみよう」などと
行動パターンを変えてゆくことができます。

「こうしてみよう」と思っているのに、できない場合があります。
車の運転に例えるなら、アクセルを踏みながらブレーキも踏んでいる状態です。

その場合は、ブレーキを踏んでいることに気づいて離すだけでいいのです。

例えば「人に物を頼まれると、断れない」というパターン。

なぜ断れないのでしょう?
「可哀想だから」「助けられるのは私だけ」「ほっとけないし」などなど…

しかしその気持ちの裏側には
「自分よりも相手のほうが大事」「親切にしなければ嫌われる」「以前、断ったら痛い目にあった」
等の気持ちが隠れていることが多いです。
その気持ちの元にあるものは、
自己に対する無価値感や罪悪感、劣等感、または優越感などの「エゴ」です。

エゴを満たすために、条件反射的に行動していることが多いのです。(欠乏欲求)

自分が何を怖がっていたのか、嫌っていたのか、何を求めていたのか、その原因がわかれば
「そうではない」と消すことが可能になります。
「そんなことを求めていたのか!でも、大したことじゃないな」と気づくと
ブレーキが離れます。

ブレーキを離すと、アクセルだけになって、サーっと前に発進できます。

そして自分の中にあるエゴを自覚していれば、余裕ができて、本当に必要な行動が見えてきます。

「いやだなあ」「迷惑だなあ」という心理状態では見えなかったことが見えるようになると
「一面だけ」ではなく「全体」を見渡せるようになります。
それは「本質を見抜く」という能力にも繋がってゆくことでしょう。

全体が見えるようになれば、「良い面」も「悪い面」も両方見えてきます。
「良い面」が分かれば、無理なく感謝できるようになってきます。

自分の行動パターンを観察することによって、自分のエゴに気づき、
「意識的な行動」を選択できるようなってゆくのです。


■自分の放つ波動を認識する。

自分がどんな状態で生きているのかを知りたいときには
自分の周囲にいる人を見るとわかります。
この世界は、共通の要素がなければ出会えないような仕組みになっています。

あなたが出会う人は、みんな、あなたと共通の波動を出しています。
普通に生活していると、事故に遭う人もあれば、何かを拾う人もいるでしょう。
どんなものであれ、あなたの心が引き寄せています。
自分がどんな波動を出しているのか、周囲の人で確認できます。


一人の人間の中にも、さまざまな側面があります。
ある人にとっては「素晴らしい人」であっても、別の人にとっては「迷惑な人」。
その違いは、どこにあるのでしょうか?

それは、相手と自分の「共通要素」にあります。

「調子の良い人」「陰気な人」「嘘をつく人」「ごまかす人」「コントロールする人」
さまざまなタイプの人がいますが
その人と共通の要素がなければ、自分が迷惑をかけられることはありません。

相手は、自分の中にある1つの側面を見せてくれる鏡なのです。
つまり自分の中に「ごまかす自分」が無ければ、「ごまかす人」には出会わないのです。

同じ側面を持つ人同士が出会って現象化される。
お互いに共通の「気づき」を必要としているから、縁が生まれるのです。

何かが起こった時に他人のせいにばかりしていると、気づきもなく、成長もありません。
しかし「魂」は成長したいと望んでいるので、気づきを与える方向へ動きます。
同じタイプの人ばかりを引き寄せて、同じ出来事に繰り返し出会ってしまい
気づくまでパターンが続く、ということになってきます。

現象は、すべて必要で、何かに気づくために起こっています。
気づいて自分を修正した瞬間から、そういう人との縁が切れて
出会わなくなります。
たとえ同じ相手であっても、相手の迷惑な側面が自分に影響しなくなってきます。

「あの人はどんな人なのだろう?」と考える時に
「他人の噂/評価」を気にするのではなく、「自分にとってどういう人か?」を意識することが、
霊的成長に繋がるのです。


どんな体験も、自分の気づきのために起こっているだけです。
あなたに、だまされる必要がなければ、だまされることはありません。
どんな凶悪犯に出会っても、あなたが事件に巻き込まれることはなくなります。

自分に起こっている現象は、すべて自分の心の反映なのです。

迷惑をかけられた時には、自分の心を確かめて「不要なものを消す」。

また逆に「自分を守るためには何が必要か?」を考えて身につけることも
自分と同じ課題を抱える人のためになり、過渡期の社会においては貢献になるでしょう。


そういう風にして、自分を変えてゆきます。

出会う人が変わってきたら、あなた自身が変わってきた証拠です。
自分が変われば、周囲も変わります。

たくさん失敗して、自分の内なる原因に気づき、修正した人は、どんどん光輝いてきます。
素晴らしい人ばかりに出会うようになり、輝く世界の住人になってゆくのです。



■「気にしない」ではなく「気にならない」状態へ。

自分を変えてゆくと、迷惑な人には会わなくなってきますが
やはり自分のすべてを意識するのは困難なことですし、
過渡期においては、イヤな思いをすることがあるのもやむを得ないことです。


「こうではいけない!」という感覚は、人を「裁いている」状態です。
「裁く」行為は、非常に自分自身を傷つけます。
自分自身の拡大を妨げる最大の障害になりますし、傷つける波動は出さないほうが自分のためです。


感情を害されて自分のペースを乱されるのは、あまり望ましいことではありません。
どうしたら気にならなくなるのでしょうか。


人間は「こうしてはいけない」という思いによって、自分を縛っています。
縛られている(不自由な)ところを刺激されると、感情的に反応してしまいます。


例えば「足が太いね」という言葉で、グサッと傷つく人がいます。
それは「足は細くなければ」と、スタイルにコンプレックスを持っていて
その「劣等感」というエゴを刺激されるから、感情が揺れるということです。

しかし、劣等感がなければ、傷つきません。
どんなことを言われても、それを認めていなければ、自分は傷つきません。

たとえ「バカだね」と言われても、「私はバカだ」と思っていなければ
単なる冗談として流せるのです。
(相手に悪意があった場合はまた別の問題ですが…)

発言に同意した時に、人は傷つきます。同意しなければ傷つきません。
自分を傷つけることができるのは、自分だけなのです。


常識や価値観は、地域や時代によって変わるものです。
「足が太いね」というのが褒め言葉の地域や時代もあるのです。

「これではいけない」というエゴや価値観が、自分を傷つけ、自分らしく生きることを妨げます。

「これでいい」と心の底から思っていれば、人から傷つけられることもなく、
人にペースを乱されることもありません。

他人に腹を立てることも減ってきて、自分のペースで生きられるようになってきます。

「怒ってもいいんだ」と自分を許した時に、あなたは遠慮なく、怒りを表現できるようになります。
笑うことも怒ることも、遠慮なく、子供のように自由に喜怒哀楽を表現できるようになってゆきます。

そうなると、あなたは、周囲の「怒っている人」に対しても、あまり気にならなくなります。
びくびくと怖がる自分はいなくなります。

偉そうな人も、すぐ怒る人も、どんな相手であろうと、
「自分が克服したエゴ」に関しては、気にならない、許せるようになる。

怒っている人に対して、臆することなく、きちんと意見を言うことができる。
怒られても、不要に落ち込むことなく、ちゃんと対応できる。
いつも自分らしく自然に生きる。


相手がどんな人であろうと、自分のペースで自然に接することができたなら
それはある意味で「自由」を手にしたことになるのではないでしょうか。
それは「自由自在に生きる」状態に近づいています。


「エゴ」は雑草のように、すぐに伸びてきて、本来の魂の輝きを曇らせます。
しかし、この世に意味の無いものは世の中にありません。
どんな雑草も役割があり、その意味が認識できるまでは「雑草」という扱いになりますが
しかしすべてを「有益なものに変える」という意識を持っているだけで
エゴはすばらしいものになるのです。


■周囲とのコミュニケーション。

人生において、人間関係というのはとても重要なので
やはり大切にしたい人とは信頼関係を築いてゆきたいものです。

現代社会は「言葉」に比重が重すぎて、言葉に左右されてしまう人が非常に多いです。
ちょっとした誤解で関係性が壊れてしまうこともあります。

トラブルを避けるためには、日常から、言葉の表面的な意味を捉えるのではなく
「この人は何を言おうとしているのだろう?」と、
言葉の奥にある「気持ち」に意識を向けておくことが、役立ちます。

そして「心と言葉を一致させる」と、伝えたいことが相手の心に響きやすくなります。
「自分の本音を知っておく」ということが、ここでも重要になってきます。
「良いこと」を言うから相手が感動するのではなく、
「心がこもっていること」だから相手に響くのです。
(伝わりすぎて核心を突くと思わぬ反応が出ることもありますが、それはまた別問題。)

表面的な「言葉」の選び方にとらわれず、
言葉の裏側にある相手の心、相手の放つ「波動」を感じることが、信頼関係の維持に役立ち、
波動が波動を呼び、良い関係性が広がってゆくでしょう。



■流れを作る。

意識的に自分のペースで生きるようになると
自分の言いたいことを言い、やりたいように行動できる、自由自在な人間になってゆきます。

しかしこの世は「自分の意思」だけで動く訳ではありません。
人は関係性の中で生きていて、「自分自身を操る」ことと「周囲を操る」ことは違います。

この世は、法則性で成り立っています。
自分が行ったことは、善悪に関係なく、全部自分に戻ってきます。
波動が同調して類が同類を呼びます。
エネルギーは等価に流れます。

お金であろうと人間関係であろうと、それは同じです。
すべて、コントロールしたものはコントロールされるし
人の邪魔をしたら、人から邪魔されるし
略奪したものは略奪されるし
自分を傷つけている人は同類の人を呼ぶし
人に与えたものはまた与えられるし
価値に応じてエネルギーは流れます。


「喜び」が欲しかったら、自分から「喜び」を作り出してゆく。
するとどんどん「喜び」を持った人が周囲に集まってきて、大きな喜びになっていきます。

「人に何かを頼む」という行為は、「依頼に応える」という機会を相手に与えることになります。
自分がしたことは、回り回って本人に返ってきます。
情けは人のためならず。
依頼することも、されることも、そこにはあまり差はありません。


欲しいものは、自分で種を撒いておく。
邪魔されたくなかったら、他人の邪魔をしない。

意識的に自分の人生の流れを作っておくことで、なるべくスムースに人生を展開してゆきたいものです。


■自分の価値を高める。


宇宙には、大きな天秤のようなものがあり
それはとても正確で、全体的に長期的にみれば、損得なく平等にできているようです。
価値あるものは、相応の価値を与えられる。等価交換になっています。


では「自分にふさわしい価値」、その基準は、何でしょうか?
それはまず第一に「自己評価」です。

「私って、素晴らしい!」と、どれだけ思えるでしょうか。
心の底から「私は素晴らしい存在です」とあなたは言えますか?

「私って素晴らしい」と心の底から自分を賞賛するためには、
「こうあるべき」という理想は邪魔になります。
そして、やはりそれ相応の生き方をしていなければ、なかなか自分を認められないでしょう。
自分の生活は自分が一番よく知っているからです。
しかしあなたが、精一杯できることをやり、結果にとらわれず「よくやった、素晴らしいね!」と
自分で自分を讃えられるようであれば、
その自己評価に相応しいエネルギーが、必ずどこからかやってきます。
それは法則なのです。

「お金は労働しなければ入らない」というのは、概念です。
その概念にしがみついている限り、あなたに入ってくるべきエネルギーが、やってこなくなります。
自分が意識してもしなくても、あなたの「想像」が、あなたの人生を「創造」します。
「概念」が、あなたの魂の輝きを邪魔し、受け取るべきものを取りこぼしているのです。
不要な概念は手放し、自己評価に相応しい贈り物を受け取ってください。


「こんな私ではダメだ」という、自己評価の低さもまた、
あなたの魂の輝きを阻害し、受け取るべきものを取りこぼしています。
謙虚過ぎることもまた、エゴなのです。
自分を正当に評価し、あなたに相応しい価値を受け取ってください。

「私はこんなにダメな人間だ」と思うことは、
「神様、あなたはこんな不良品を作りました」と天に向かって文句を言っているようなものなのです。



■全体の中の自分。

「自己評価」は大切な要素ですが
大きな視点で見た時には、やはり客観的に適切な自己評価でなければ、それ相応の揺り戻しがあります。

いくら自己評価が高くても、宇宙の法則の中でバランスが悪ければ、思うようにいかないということです。

宝くじで数億円当たっても、器がなければあっという間に消えてゆきます。
そして、何かを受け取った者は、それ相応の価値を宇宙から求められます。
自分の価値を高めて魂を輝かせるためのさまざまな出来事が起きてきます。
試練のように感じられるかもしれませんが、それを超えたときには、
受け取った分に相応しい存在に変容していることでしょう。



■潜在意識と顕在意識。

いろいろ細かく説明してきましたが、
要は、「潜在意識に振り回されて生きる」のをやめて「すべてを意識して生きる」ということです。

つまり「自分で気づいていない、無意識の自分」をやめて「目覚めた状態で、意識しながら生きる」ことです。

人間の脳は、一般的に3%とか5%程度しか使っていないそうですが
それは、残りの97%は意識されず眠っている、ということです。
目覚めれば、人間にはもっと大きな可能性があるわけです。

「潜在意識の割合を減らしてゆく」手段が、これまでに上記で説明した方法です。(他にもいろいろあると思いますが。)
こと細かに、自分の生き方と現実の現れ方を観察し、自分の心の状態が現実にどう反映してゆくか確認して
修正しながら意識して生活してゆく。
最初は、かなり面倒な作業のように思うかもしれませんが
徐々に「自分の心をコントロールする」ことで「現実を変えられる」ことを実感できるようになり
自分が望むように自在に生きられるようになってきます。


潜在意識をなくし、顕在意識を拡大してゆくのは、時代の流れです。
すでにアメリカでは、企業の採用試験で
「あなたが昨夜見た夢について説明しなさい」などの筆記試験があり、内容によっては
「こんな夢を見ているようでは、まだまだだですね」などと評価されることも起こっているそうです。

潜在意識に振り回されず、
「自分の意識を自分でちゃんとコントロールする」ことを求められる時代に入ってきたということです。


■超能力。

潜在意識が減ってくると、顕在意識の割合が増えてゆきます。

自分がどんな状態で生きているのかを自覚しながら生きてゆく。
目覚めて生きる、ということです。

そして「こうではいけない」という概念から自由になると、
自分の行動にブレーキをかけることもなくなってきます。
その結果、副産物として、直感や、サイキック能力などが顕現してきます。


カバリストや陰陽師、魔術師やヒーラーなどは、常識にとらわれず、
善悪で判断せずにあらゆるものを肯定して生きるからこそ
各自の能力をフルに発揮できるのです。

ですから、魔術師はいつもエゴを自覚して適切に自分を律することが不可欠です。
いつもエゴを自覚し、良い方向へ使う意識が必要です。


出口王仁三郎は、「急須!」と念じて手を出せば急須が飛んでくるほどに
自由自在に、自分の思いを現実化した人だそうです。
それほどまでに、魂に曇りがなく、自分の思いにブレーキをかけるものがなく、
自分の力を発揮して生きた人なのでしょう。


せっかく人間に生まれたからには、その程度のことができるようになりたいものです。
が。
この有限の世界に生きている人間には、
それぞれに「始めから与えられれているもの」と「どんなに頑張っても与えられないもの」があります。
努力次第で何とかなるものもあれば、どうしようもないものもある。
どこまでそれを認め受け入れられるか…
これも霊的成長です。


■さまざまな生命体。

自分を尊重し、あらゆるものを意識して生きていると、
他者の意識を感じ、また尊重できるようになってきます。

他者の意識。あらゆるものには意識があります。
人間にも、動物にも、植物、鉱物、地球、惑星、恒星…

人間には「肉体」と「魂」がありますが、
物質的な肉体を持たない、魂だけの状態のもの、幽霊のようなもの、
あるいは妖精や天使、龍や鳳凰などの聖獣、
過去に人間として生きた聖人の意識体(マスター)、
他の惑星からやってきたエネルギー体など、
人間の概念ではとらえられない生命体が宇宙にたくさん存在しています。

彼らとコミュニケーションをとるためには、
心をオープンにして、相手の意図を知ろうとする気持ちが不可欠です。


例えば、アメリカ人と付き合おうと思ったら「英語」を勉強することが役立ちます。
しかしどんなに英語が話せても、「単なる知人」で終わるか「友人」になれるかは別問題です。
友人としてつき合うためには、お互いの個人の人格や背景の文化を尊重する気持ちが必要です。
日本人であっても「日本人らしさ」を失わずに「国際感覚」を持つことで
外国人とコミュニケーションができます。


同様に、人間以外の存在とコミュニケーションする際には
人間であっても、人間らしさを失わず
かつ「宇宙意識」を持つことで、人間以外の生命体と交流することができます。

どんな相手であろうと、お互いの価値観を知り尊重することがコミュニケーションには必須です。
「地球の常識は、宇宙の非常識」とも言われていますが
人間が宇宙意識を受け入れると同時に
「完璧でなく補い合うのが地球人なのだ」ということに劣等感を持たず
誇りを持つことも
人間が「宇宙人」として彼らと対等に付き合うために必要なことかも知れません。
例えれば、先進国に比べて文明が未発達のマサイ人たちが非常に誇り高く生きているように
自分達の価値観や文明に誇りを持ち、堂々と生きる。(決して、優越感ではありません)

何より「自己に対する誇り」を持つことが重要なのです。
なぜなら、肉体を持たない存在は、肉体を認識することができないので
彼らは「波動」や「光」でしか感じられないのです。
いくら肉体を美しく飾っても、太っていようが痩せていようが、彼らには見えません。
その人の「心/意識の状態」を波動で認識するのが彼らなのです。
彼らに対しては、隠しごとができません。心の中は「お見通し」の状態です。
心をぴかぴかに磨いていなければ、彼らは相手にしてくれないのです。

そして肉体を持って人間を生きたことがない存在は、
人間の苦しみが理解できません。
荒い波動がぶつかりあうこの地球で生きる困難さが、彼らには解らないのです。
ですから、現実に困っていて何らかの解決策を求めたい場合には
天使よりもマスターに伝えたほうが現実的です。
しかし、困難が現実問題ではなく心の問題であれば、
天使は素晴らしく優しい波動であなたを癒してくれるでしょう。
癒されたあなたが自分で解決策を発見してゆく姿に、天使たちは大喜びしてくれるはずです。

何にでもすがろうとするのではなく、適切な相手に頼むのが必要だということです。

そして、見えない世界の存在は天使や妖精ばかりではありません。
悪魔などの邪悪な存在もいます。

そしてそれはすべて、自分の心が引き寄せます。
自分の心を感謝などの高い波動に合わせていれば、高い波動の存在がやってきますし
誰かのせいにして不平不満を言ったり、誰かがやってくれるだろうと甘えてばかりでは
ネガティブな存在と繋がりができてしまいます。


人間に例えれば、詐欺師というのは、いかにも「私は良い人ですよ」という風にして
近づいてきます。
それと同様に、悪魔だって天使のふりをして近づいてくる場合があるのです。

また、ライオンの親は子供を崖から突き落として、這い上がってくるのを見守ります。
同じように、逆境や試練を与える天使もいるのです。

霊的存在というのは、人間の概念で簡単にとらえられるようなものではありません。

自分の中にある依存心をきちんと自覚し、甘えをなくするようにしてゆくと
危険な存在と無縁の生き方ができるのです。
すぐに何でも依存せず、自立を目指すことが大切です。

しかし人間は弱いものです。もしも馮夷されてしまって自分でどうしようもない場合は
浄霊師やエクソシストに相談してください。

最も強いものは、「愛」です。
すべてを許し、受け入れ、包み込む力。それが邪悪なものを消滅させます。
寸分の裁きも否定もない状態でいることです。
エクソシストは100%の愛の状態でなければ務まらない仕事なのです。


人間として自ら考え、発言して行動し、自分自身を強く輝かせている状態の時に
神と人間が手を取り合い、精神面でも、現象面でも、両面に繁栄発展が訪れます。

繁栄発展は、魂が求めていることです。エゴさえ自覚すれば、自然にそちらへ向かいます。
人間の中には、内なる神が存在し、現れたいと願っているのです。

こういう行動は、エゴを抱えた人間にとっては、厳しいことのように感じるかも知れません。
しかし人間には自由意志が与えられています。
頑張って国際交流することもありません。
価値観の合う者同士でまったりのんびり生きる自由もOKなのです。
要は等身大の自分を批判せず受け入れ「これでいいよ」と思えれば幸せなのではないでしょうか。


■無理をする、しない。

急にお金持ちになろうとしても無理なように、急にエゴを取り去ることにもやはり無理があります。
無理というものは、ほんとに自分を傷つけます。
なるべく無理はしないほうがいいです。

しかし、「無理」とはどの程度のことをさすのでしょうか?

どれが「努力」で、どれが「無理」なのか?
何が「あきらめ」で何が「甘え」なのか?

それを知るためにはやはり、多少は無理しなければわからないでしょう。

無理は、絶対に、しないほうがいいです。
でも、「自分の限界」を知るためには、無理をしたほうがいいです。
いろいろもがいて、苦労したりした後に「自分」というものがわかるのだと思います。


さんざん無理して、苦しんで、限界を知り、諦めて、力を抜いた時に…
きっとほんとに素晴らしい変化が起こるのだろうなと思います。

本当は、苦しまなくても、気づくだけでいいのですが。。。。
でも頑張った後で緩める、という緩急があったほうが効果的な気がするんですが。

仏陀は、さんざん苦行した後に「苦行は役に立たない」というのを悟ったとか。
でも経験しなくちゃわからないこと、あると思います。

「自分を知る」という目的のために、少しは無理もしてみてください。


さて。
あなたの魂の輝きを阻害するものは、何でしょう?
「完璧なあなた」を阻害するエゴ、概念を発見できるでしょうか。

自己観察をして、完璧で自由自在なあなたへと変容していってください。

「霊的成長」という観点から、生き方について説明してみました。
結構めんどうに感じられるかたも多いかと思いますが、
要は、ネガティブなことが気にならず、自分のペースで自在に生きられるようになればいいだけの話です。

自由自在に生きる「完璧な自分」を阻害する要因が「エゴ」なので
それを自覚するだけで、本来の魂の輝きが出てくるのです。

エゴを取り去る方法は、他にもいろいろあります。
「ありがとう」と感謝し続けるとか、宇宙エネルギーを注入するとか
いわゆる「波動を使って消去してゆく方法」はラクだし、最近は流行っていますが
しかし意識的に取り去るほうが確実で、「自分の力」になります。


魂が輝く完璧な自分に戻って、自由自在に自分らしく生きていってください。